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いのちをいただく

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青が美しいお花ですね。
「ミズアオイ」という名前で「準絶滅危惧種」に指定されている植物です。

東北大震災の被害のあった場所で、かつて縄文時代から多数繁茂していた植物でしたが
40年以上もの間咲くことがなかったお花です。
ところが震災から3年後、突如群れて咲きだしました。

人間がアスファルトを敷いたり、田畑を作って農薬を捲き散らしたりしたことから
ミズアオイが育たない環境になってしまいました。
それを津波がすべて洗い流し、土をかきまぜ、土の下で休眠状態にあった種は、
潮が引いたタイミングで表面化し、一気に咲きだしたそうです。

現在は生息空間ビオトープが造成され、移植が進んでいるそうです。
食や命に感謝の気持ちが育っていないわけ

絶滅危惧種とまではいかない人間の話しですが、近頃の出産育児事情は
聞くところによると、大変な危機感を覚える助産師が少なくないのだとか。

若くても母乳育児を続け、離乳食を自分で作って食べさせ、夜泣きなどのストレスも多い
育児を楽しく実践するママがいる一方、
身勝手な母親や性のトラブルを抱えた少女もあって、
「たばこ止めきらんけ、母乳やめる」「24時間べったりは嫌です」  という話も。
羊水はシャンプーの匂いがするとか、血液が黒ずんでいるとかは
10年以上前に聞いた話です。

確かに若いママさんや、あまり神経質になったりすると、誰でも育児ノイローゼになりうる、
大変な時でもありますね。我が子が特別育てにくいように思える時です。
過ぎてしまえば、こうした育児から成長させられる貴重な時期ではありますが、
育児の渦中は過酷なものです。
そのうえに家事もできない子がそのまま親になったりすると、大変な混乱を招くことは
想像に難くありません。

こういったケースはその若いママ自身が育つ中で
ちゃんと食事を摂っていないことや、家族で食卓を囲み和む環境がなく、
食や命に対する感謝の気持ちが育っていない場合が多い
ようです。

特に目新しくない母親の手料理も、家族で食卓を囲むありふれた会話も
それが自分を支える一部であることには、そのときには気づけないものですが、
ほんとうはかけがえのない時間のなかでの出来事なのですよね…

「お母さんのハンバーグ」



ある学校で保護者の一人から、
「給食費を払っているのに『いただきます』と子どもに言わせるのはおかしい」
というクレームがあったという話や、給食費を払わない保護者がけっこうある。
という話を聞いたことがあります。

食は 命をいただくこと、というイメージからずいぶん遠くなってきています。


いのちをいただく

かつて先人は狩猟することで命を永らえてきました。
私の幼い頃には実家でヤギや鶏を飼っていて、牛乳ではなくヤギの乳を搾っていましたし、
年の暮れになると父が鶏の首をきゅっと絞めて、というような時代でした。

こうした生活の糧の一部に、「生きもののいのち」そのものの、
生死を見、食し育つことは、
残酷なようですが、しかし本来の命の尊さを知ることに他なりません。

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食べるものは、命あるものからつくられてます。
私たちは普段、有り難いと思いながら食すのは食べられる「ことへの感謝」であって、
奪われた命の意味まで深く考えることなく、毎日の食事と向き合っています。
それはいいとか悪いとかということではなく、たとえ菜食であっても
「いのちをいただく」ということに意識が向くに至らないことが多いものです。

日本での一年間の食べ残し食品は、
発展途上国での3300万人分の年間食料に相当するといいます。
これはどこかの食品業者や厨房の裏方だけの問題
として終わらせても何も変わらないと思います。

生きもの達が命の限り生きたいのちを、自分のいのちのためにいただく。
この「生と死」のもとに成り立っている食への意識を、今一度見直したいものです。

----------------

いのちをいただくいのちをいただく
(2009/05/11)
内田 美智子

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坂本さんは食肉加工センターに勤めています。
(中略)

ある日、 一日の仕事を終えた坂本さんが事務所で休んでいると、
一台のトラックが食肉加工センターの門をくぐってきました。

荷台には、明日、殺される予定の牛が積まれていました。

坂本さんが「明日の牛ばいねぇ…」と思って見ていると、
助手席から十歳くらいの女の子が飛び降りてきました。

そして、そのままトラックの荷台に上がっていきました。

坂本さんは「危なかねぇ…」と思って見ていましたが、
しばらくたっても降りてこないので、心配になってトラックに近づいてみました。

すると、女の子が牛に話しかけている声が聞こえてきました。

「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ…」

「みいちゃんが肉にならんとお正月が来んて、じいちゃんの言わすけん、
 みいちゃんば売らんとみんなが暮らせんけん。
 ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ…」

そう言いながら、一生懸命に牛のお腹をさすっていました。

坂本さんは「見なきゃよかった」と思いました。

トラックの運転席から女の子のおじいちゃんが降りてきて、
坂本さんに頭を下げました。

「坂本さん、みいちゃんは、この子と一緒に育ちました。

だけん、ずっとうちに置いとくつもりでした。

ばってん、
みいちゃんば売らんと、 この子にお年玉も、クリスマスプレゼントも
買ってやれんとです。

明日は、どうぞ、よろしくお願いします」

坂本さんは、 「この仕事はやめよう。もうできん」
と思いました。

(中略)

牛舎に入ると、みいちゃんは、
他の牛がするように角を下げて、 坂本さんを威嚇するようなポーズをとりました。

坂本さんは迷いましたが、そっと手を出すと、最初は威嚇していたみいちゃんも、
しだいに坂本さんの手を くんくんと嗅ぐようになりました。

坂本さんが、

「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんと、
 みんなが困るけん。 ごめんよう…」

と言うと、みいちゃんは、
坂本さんに首をこすり付けてきました。

(中略)

牛を殺し解体する、その時が来ました。

坂本さんが、

「じっとしとけよ、みいちゃんじっとしとけよ」

と言うと、
みいちゃんは、ちょっとも動きませんでした。

その時、
みいちゃんの大きな目から涙がこぼれ落ちてきました。

坂本さんは、 牛が泣くのを初めて見ました。

(後略)

出典:「いのちをいただく」 内田美智子・諸江和美 著 西日本新聞社








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