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2018-12

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苦悩する耀き

霧雨が絶え間なく降る今日の風景をみていると、
10~40代の頃の自分は、心にこんな景色を見ていた時が多かったことを
思い出します。
毎日がそうだったわけではありませんが、概ね心の置き所が、
このような霧の中にあった日が多かった、ということです。

それはいつも何かに葛藤していました。
例えればこんなふうに。

前へ進まなくちゃ。
遅れないようにしなくちゃ。
ちゃんとしなくちゃ。
今のままではだめ。 もっとこうしなくちゃ。~しなければ。~でなくては。

誰も追いつめているわけでもないのに、勝手に自分で自分を追い詰める。
息は意識しなくてもちゃんと呼吸できるのに、息を吸わなくちゃ、って生きてるような(笑)

今思えば、なんであんなに必死になって生きてたのか‥
ひどく力の入った生き方をしていました。

forest1.jpg

今思えば滑稽に思えるほどですが、でもそれも、自分自身の中では、
どうしても譲れない自分なりのわけがあっての、精一杯の生き方なのです。

息子たちが大人になっていく段に、若い頃の自分と重なる思考が
見え隠れすることも度々あります。
けれどその時には本人には理解できないこともあるのがわかりますから、
本人が必要とする姿勢が無い普段は、何も言わずに見守っています。

もちろん何かあったときには、いっぱい話をします。
「あなたは今のままでいい、そのままでいいんだよ。」
そうやって人は安心と自信を取り戻し、
やがて自発的に個性を成長させるものだと思うのです。


私の生まれ育った環境は男性性に塗り固められたものでした。
年代的にそういう時代です。
柔軟で優しい持ち味の母も、娘である私も、
歪んだ環境のなかで十分に安らぐことなく生きてきたことに気付いたのは、
精神世界を学ぶようになってからでした。

今も、女性でありながら女性性を見つめ直す色々な学びがあります。
「見守る」という想いは、女性性から生まれるものですが、
相手を信じることができなければ「見守る」ことが出来ません。

そして、相手を信じることが出来ない人とは、
自分自身を信じることが出来ない人です。

私は猜疑心がとても強かったのですが、もとを糺せば結局は、
自分に自信がないために、人を妬み羨み嫉妬して、
自分も人も素直に信頼できなかった時期がありました。

しかしこれも今になれば、止むに止まれぬ状況下で学んだ、
それらの虚しい心情でした。

エゴを赦し認め始めると、雪崩のように崩壊していく自分がありました。
そうして、「終わった・・・もういいんだ。終わったんだ…」
とめどなく流れる涙と嗚咽のなかで、そんな言葉を聴きました。
永い永いときが終わった、私の中での始まりでした。



不思議なことに、過ぎた今振り返ると、
その頃の霧の中を彷徨う自分自身程、愛しいものはありません。
苦しかったり辛かったり苦悩していたその時程、
美しく輝いていた自分だったと思えるのです。

息子が辛く苦しい時、苦悩に押しつぶされそうになっている時程、
その輝き故に、
見守る側は大丈夫だから…という想いをこれ以上ないと思えるほど、
確信するのです。


愛は、あらゆるものを包みます。
そして私も、大いなる愛に包まれて、切り抜けてこられたことを思います。
愛は、いつも、どんなときも、どんな人をも、平等に包み込んでいます。

今は男性性と女性性の統合の時です。
自分のなかに備わった慈愛に、まずは自分自身を浸しましょう。
そうすれば和んだ懐かしい自分がどんなに頼りになるか、思い出すことでしょう^^

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津留晃一さん
人にはそれぞれ異なった特質が備わっており、その特質を役立てたとき
人々はそれを長所と言い、特質を活かしきれなかったときその現れ方を欠点と言います。



解脱は、元々我々の足下、今ここにありました。

求め続けた悟りなるものはどこにも求める必要などなかったことがわかりました。

今ここが自分にとって最善の場所であるということが
自分の信念の中心に座ったとき、自我は沈静化してしまうものです。

この時あなたの自我は何も求めなくなります。
起こってくることを楽しむようになります。

今この時よりも最良の瞬間など、どこにもないことを確信できたとき、
あなたの心は安らぎ、涅槃の言葉の意味を知るでしょう。
今、癌を患っているあなたにとってもその事に変わりありません。

その瞬間は、あなたが求めることを放棄した時にのみやってきます。
この歓びの時を迎えるには、あなたのエゴのギブアップ宣言がどうしても必要なのです。

「求めなくて悟れるはずなどないではないか」
そんな信念をお持ちのあなたにこそ申し上げたいのです。

ほんの少しの間その信念を脇に置いてこの先を読んでみて下さい。
求めようとする心こそがあなたの悟りの道への最大の障害となっている
という仮定のもとにこの先を読み進めてみて下さい。


私はあるとき問いかけました。


「私は地球人類のために貢献したいと決めています。
さらに効率よく人々に貢献するために、今私の中のどんなところを変えればいいでしょうか。
私はまだまだ自分が到らない人間であることを充分に知っています。

自分にはいくつかの欠点があるのではないかと思います。
でも残念ながら私は自分の改めるべき点に気付いていません。
変えるべき欠点があればどんなことでもお教え下さい。
ご指摘された問題点を必ず改めたいと思います。」というものでした。


私はその時まで、人は誰でも改めるべき欠点を持っていて、
それを改めたときに人は悟るのだと考えていました。

しかし返ってきた答えはこうでした。


「あなたに改めるべき点など何もありません。人に欠点というものは存在しません。

人にはそれぞれ異なった特質が備わっており、その特質を役立てたとき
人々はそれを長所と言い、特質を活かしきれなかったときその現れ方を欠点と言います。
長所、短所は一つの特質の裏表です。

ですからあなたに改めるべき点など何もありません。」

「一つだけいうとするならば、
あなたのその『改めなければならない点があるという考え方』だけです。」
と教えていただきました。


私はその言葉を素直にそのまま受け取り、

「ああそうか、私には変えるところなど何もないのだ。このままでいいのだ。
何かを変えようなどとせず、単に人々に歓びを創造し続ければそれでいいのだ。」
と解りました。

それから私は急激に変わり始めました。
今、自分の目の前にある事に夢中で係わっていると、
次々と自分の自我に気付いてくるのです。

本当に簡単なことでした。
あんなに自分を変えようと格闘していたことがまるで嘘のようでした。

皆さんこの三次元世界はパラドックスの世界です。
変える必要などないのだと解ったとき変わりはじめ、
しなければならないことなど何もないと解ったとき、最も行動的となります。

お金など必要ないとわかったとき、あなたにお金が集まり始めます。
感情を押さえつければ押さえるほど人はますます激情家となり、
感情を起きるにまかせて感じているとだんだん穏やかになってきます。

このことが解ると人生は楽になります。
簡単になります。
起きてくることに逆らわなくなります。

この時あなたは自然界にとけ込みます。
誰からも邪魔にされず、あなたの行う善行に対し、誰も負担感を抱かなくなります。
今ここが完全であることを確信したとき、そこにはもはや学ぶことがなくなり、
次なるステージへとシフトアップします。

それが次元上昇、アセンションのことです。

あなたが、まだダメだと思うとは、まだそこで学べるということです。
ですからあなたはそこにい続けることになります。

まだそこを楽しむことが出来るということです。


<ここまで>
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嬉しいことに点描画の注文をいただきました。
制作の少しの間、ブログをお休みしますね^^

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