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2018-12

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「UFOを見る時代からUFOに乗る時代へ」講演会

昨日、栃木県小山市で撮った2重の虹だそうです。
Facebook友人やしろさんから教えて頂いた情報です。綺麗ですね~

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今朝、シェア畑に行ってきました。
畑の奥に地主さんの竹林があるのですが、地主さんのご厚意で、
畑を借りている人はタケノコ見付けたら採ってっていいよ~ということで、
今日はタケノコが目当てで行きました。
囲いがあるのでそんなに広くないのですが、昨日は3本見つかったと聞き、
じゃあ~と私も探したら、2本みつかりましたよ~!(^^)!
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管理してる方が掘ってくださいました。もうひとつはお友達になった方に(^^♪
お昼に帰って早速茹でましたが、採り立てはやはり茹で上がりが早く、
1時間はかかるところ40分で柔らかくなりました。
かなり大きかったのでたっぷり食べられそうですよ^^

さて先日の日曜は講演会に夫と出かけました。
講演会というのは、UFO研究家の秋山眞人氏と中山康直さんのコラボで、
「UFOを見る時代からUFOに乗る時代へ」というテーマです。
一見怪しいテーマですが(笑) なかなかどうして、それはそれは貴重な講演会でした。


中山さんも秋山さんも、先日お話を伺った奇跡のりんごの木村さんも、
皆さんそれぞれ宇宙船に乗った経験者です。
まさに、UFOに乗る時代を生きている方々です。

秋山さんもメデイアにつくられたイメージとは全然違って、
大変深い考察をされていました。
元々、ユリゲラーのスプーン曲げが話題になった頃からの超能力者ですし、
その道で長年研究されてこられたとても謙虚な方ですが、
そのことはあまり知られておらず、
いわゆる宇宙人とは何百人と会ったことのある超人でもあります。

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(クリック拡大)写真は今回の会の主催者でFacebook友人のタカテルさんからお借りしています  

以前木村さんと中山さんの講演会の記事を書いた時に
とてもたくさんの方が見に来て下さっていたので、関心が高いのを感じました。
参加したくとも都内までは来られない方もきっと多いと思います。

少しでも内容をお知らせしたいとは思うのですが、例の如くメモをしない私ですので、
Facebook友人やしろ たかひろさんの記事を呼び水にして、
私なりの記憶と感じたことなど交え載せてみたいと思います。

秋山さんがおっしゃったことに、
2012年12月以降、大衆の時間認識が変わってきて、お互いや多くの人が
穏やかな赦しあえる優しい空間を持つようになったようだ、というお話しがありました。 
私もそんな風に感じています。

中山さんの印象深かったお話しで、
「UFOは未来から先祖供養に来ているようなものだ」って。
何だかとってもわかりやすく身近さが感じられました。

UFOは多様化していて、見たい形、見せたい形を具現化して現れるそうです。
ミミズのようだったりクラゲのようだったりという風に、
生命的なUFOを観る人が増えているようです。

中山さんが以前メキシコで乗ったUFOは、よくある円盤型とか長方形とか、
そういうのではなくて、まるで臓器、心臓のような形で振動していて、
生きている生命体のようだと言ってました。

中山さんが言うに、UFOは私たち自分自身の身体のようなもので、
実はこの肉体というUFOを操縦している宇宙飛行士でもあるんだと。

UFOもご縁というものがあるらしく、
人との交流でも恐怖心があったりするといいコミュニケーションがとれないように、
UFOも恐怖心があると心の奥の拒否をよむんでしょうね。
人との関わりと同じようにご縁がないと乗れないようです。

秋山さん中山さん共におっしゃっていたのは、
これからは「物」が非常に霊的な意味をもつようになり、
世の中にはいのちが宿っているものしかないという認識が強くなって
物と霊の究極的な融合に向かうようです。

秋山さん曰く、私たちは、内と外、霊と物を分けたがり、自分自身の肉体でさえ
受け入れにくく思うが、この肉体にちゃんと調和しているかどうか、それがまさに、
自分自身の鏡であるUFOに乗る(飛ぶ)ということに繋がっているとのことでした。

中山さんは、
これからは自分の人生、自分の物語を生きるのがだいじ。
それにはまずは、自分自身にしっかり乗れること、自分自身と調和すること。と。



ここからは私感ですが、
自分が楽しんだり歓んだりすることって、人にも波動が伝わります。
そして産まれてくる創る歓び、産み出す歓び、そういった想いは確かに物にも乗ります。

物自体にも想いが伴うというのは、「そこにある」というより「そこに存在する」
そんなふうに、人と同じような扱いをするようになるということなのかと思います。

例えば、
パワーストーンや御守りや宝物など、物でもそこに意志疎通を感じることってあります。
事故が小難で済んだのはこの愛車が守ってくれたとか、
たまたま今日は親の形見の服を着ていたから難を逃れたんだとか…

元々日本の文化が、万物にいのちが宿るとする流れがありますね。
このような人と物との不思議な関連で、面白いお話がありますので
この記事の最後に載せて置きますね^^


精神世界の現代のバイブルと評される「黎明」の著者 葦原氏が上巻の中で、
ネガティブなものに囚われないために、
自分から世界に対して光を出しているように意識するといいですよ、
自分の波動が高ければ、何にでも調和できますよ~
自分の好きな事など何かに集中しているときは、普遍意識にいるときでもありますよ~

そして、一人一人がおかれた状況の中で答えを出せばいいんですよ。


そう書いておられます。
この著者の 葦原瑞穂氏もまさに、地球知的生命体の方であろうことは
上巻を少し読み進めるだけで解ります。解読の仕方が半端ないです。

既成の正解や満点を目指すのでも、
ただ一つの正しい答えに行きつくわけでもありません。

それぞれがダイヤモンド(唯一の生命)の一側面であって、
ひとりひとりの置かれた状況下でのどれもが、精一杯放つ光。
その光の反射がそれぞれ違うからこそ、あれほど輝きを放つのですよね。

「黎明」上巻より
唯一の生命が様々な個体の中に同時に顕れているのであり、
この生命のひとつの側面である意識もまた、
唯一つの意識が色々な個体を通して同時に表現されているのです。



話しを講演会に戻すと。
おふたりの講演の後、質問形式があって、事前に用意された10個の質問のひとつに、
「UFOに乗るにはどうしたらいいのか」というのがあったんです。

その時に、秋山さんが不思議なことをおっしゃいました。
秋山さんは、何年か先にこのメンバーがまたこういった時間を共有している
ビジョンがとても強く感じられたそうで、さらに今までの数多い講演会でも、
今回のようにここまで深い話しになったことはなかったとも語りました。

またイベントの最後になる少し前に中山さんが、会場を隅から隅までゆっくり、
見渡すしぐさをされていたので気になっていたのですが、
その理由を中山さんは、
この会場、このメンバー、以前プレアデスに行った時に似たデジャブを感じていて、
すでに我々は宇宙船にのっていたんではないかと思う。とおっしゃったんです。

この話を聞いただけでは、普通なら私は笑って終わるのですよ。

それがそうかもしれない気がすることが、私だけでなく夫にもあったのです。
そして他にも同じように、そう思った人がずいぶんたくさんいらしたんです。


その理由は皆さん共通しています。
講演中、異常な睡魔におそわれたことです。
参加された方の記事を書かれた6,7人確認しましたが、皆さん同じでした。
皆さん同じように、こんな面白い講演の途中眠くなるなんてありえないのに、
どうしても睡魔には勝てず・・・

私も夫も全く同じことを話してました。 知っている人は分かると思いますが、
夫は人一倍、感化されるような人ではないのです。
私はこういった講演会も過去20年間で行った約何十回の講演とかセミナーでは、
眠ってしまうことなど一度も無かったし、聞くと夫も同じでした。

むしろ今回は興味深い内容が次々語られるので、いつもよりずっと、
目が冴えていたくらいだったのに、秋山さんのトークが始まってしばらくしたら、
もうどうにも眠くて眠くて、船漕いでました(笑) 

そして眠る前だったと思いますが、何か熱い氣が動いているのを感じました。
それと最後、会場の氣がふわ~っと濃くなったというか、そんな感覚がありました。

そして夕飯は外食にしたのですが、つまらないことでお互いに感情的になって、
普段はそんなことで揉めたりしないことで喧嘩になってしまい、
帰りは自宅に着くまでお互い口をききませんでした(笑)
家についたらちゃんと和解しましたけど(≧▽≦)

なぜそんなこともここに書いたかというと、我が家以外に他にもそんなふうに、
いつもならそうはならいはずの倦怠感や感情の揺れが不自然に感じるほど、
その前後や帰りがけにあった話を読んだのでした。
それともうひとつは、それまでの数日、みぞおち辺りが痛く、
他にも頭首肩が痛かったりで何となく体調がいまいちだったのが、当日の朝、
嘘のように消えていたので、気分上々で参加させていただけました。


明らかにメンタルや感情面に何らかの刺激、影響があったことを
我が家では実感しました。
何だかどうでもいい話で長くなっちゃいましたね。ごめんなさい(*ノωノ)

ここから、上の方で書いた超常話を載せて置きます。
こちらからお借りしました。
--------------------------

 著者ライアル・ワトソン  「シークレット・ライフ」 より抜粋     

自分の意思をもっていると思われる機械はコンピュータばかりではない。
1978年、イリノイ州ブルーミントンで駐車場のメーター係をつとめていた
パティー・ジャクソンは、ヘッドライトがつけっぱなしの車を見つけて消しにいこうとした。
彼女がドアの把手に触れたとたん、エンジンがひとりでにかかって急発進し、
コンクリートの車輪止めを乗り越えるや、駐車場を全速力で駆けぬけていった。

そのとき、車の鍵は通りの向かいの美容室から出てきたばかりのサンドラ・ザイクスの手に
握られており、彼女は無人の自分の車が轟音をたてて同市のメーンストリートに
入っていくのをただ呆気にとられて見送るほかなかった。

つづく数分間、その暴走シボレーは車の流れをジグザグに縫っては駐車場に戻るという
奇行を3回くり返し、躍起になって追うパトカーをかわしたあげく、自殺をはかろうとしてか
正面から来たトラックにまともにぶつかって大破した。

「気味の悪いホラー映画を見ているようだった」と語ったのはバッテリーを外して
やっとのことでその人騒がせなヘッドライトを消したエドウィン・オファーレル巡査。
彼の上司のマイケル・リアリー巡査部長などは車を押収した際、捜査官を待つすきに
車が逃げ出さぬよう牽引業者に厳重な注意をうながしたという。
原因はついにつきとめられなかった。(P8)

また、偶然のいたずらだろうか、身近な日常の事物がほとんど故意ともとれる
ふるまいをすることがある。
1979年の夏休み、15歳のロバート・ヨハンセンは近所のオスロ・フィヨルドで
毎日成果の乏しい釣りをして過ごしていた。

ある夕方、少年はようやく4キロ半からのみごとなタラを釣り上げ、意気揚々とそれを
ラルクローレンに住む祖母に進呈した。
夕食の用意にとりかかった老婦人、テクラ・オーネンがさばいた魚の腹からは、
なんと高価なダイヤモンドの指輪がころがり出てきた。
それは3年前、彼女がフィヨルドで水泳中に紛失した、代々受け継がれてきた家宝だった。
(P9)。

こうしたことがらがわたしにはどうも気がかりなのである。一件一件が、というのではない。
まとめて眺めると穏やかならぬパターンが見えてきて、妙に興味をそそられるのだ。

生物学者のわたしがその基礎訓練を受けたころ、まず生命のあるものとないものとを
区別することをたたきこまれた。生命を生命たらしめている要件を見きわめ、
ある複雑さ以上の生命システムだけに関心をしぼるように教わったものだ。

それ以外のことがらは、よその建物で講義されている地学や無機化学に属し、
だいたいにおいてわたしの関心の埒外だとされた。
しかし今はもう、そのように分断された見方をすることは許されなくなっている。
生命がたやすく定義できないのもわかってきたし、まったく無機質で無生物であることが
否みがたい「物たち」までがまるで生命があるかのように、
しかもときには感覚や意識までもっているかのようにふるまうことが明らかになってきた。
(P9)。

<ここまで>
-------------------------------
講演に行かれない方にひとつでも何か参考になることがあったら、嬉しいです(*'▽')

タカテルさん、やしろさん、ありがとうございました(´▽`*)

タカテルさんは今回の講演会を企画されアナウンスをして下さった方です。
この画期的なイベントを企画された側からの素晴らしい考察並びに参加者からの感想など
こちら→ 4月12日の講演会を終えて

やしろたかひろさんは、中山康直さんの中山弥栄塾企画のサポートをされている方です。
今回の講演会に関する記事は
こちら→「UFOに乗れる人とは、心身が健康な「いい加減」の人。」  

是非ご覧ください^^


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