2017-08

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植物の心は宇宙感覚

植物には、人にはあまり知られていない不思議な生態があります。
以前から時々、ブログにもアップしていますが、とりわけ3年半前、
植物が奏でるメロディーを聴いた時には、感動で何度も聴き返したものでした。
興味のある方は最後にでも是非お聴きになってみてください↓

植物の奏でるメロディー


また。触れると葉っぱを閉じる、オジギ草の映像も是非に↓

オジギソウ


このオジギ草は、地震や雷、火山の爆発など、なにか突発的な異常が
自然界に起こる際には、2日ほど前から不規則な反応をするそうです。
昼間なのに葉が閉じたり、夜でも葉が開いたりして、
規則正しいはずのオジギ草のリズムが狂うのだとか。
オジギ草はそうした形で緊急のメッセージを送っているともいえます。


様々な研究情報では、植物は音を聴いているとか匂いを嗅ぎ分けるなどの
能力を備えているとの話もあります。

 【大紀元日本11月9日】 
植物は、今まで思われていたように「見えない」、「聞こえない」、「話せない」
生き物ではない。植物は人間のように思考能力を持っているということを、
バクスター氏は発見した。
バクスター氏の発見からしばらくの後、「植物心理学」という新しい学問が
誕生したのである。

m44289.jpg
バクスター氏

1973年、ピーター・トムスキン(Peter Tompkins)氏とクリストファー・バード
(Christopher O. Bird)氏は共同で出版した著作『植物の神秘生活』
(The Secret Life of Plants)の中で、
植物が言語・思惟・祈りに対して反応していることを確認したと述べている。
多くの科学者が、植物には意識と思惟があり、喜怒哀楽などの感情も持ち合わせて
いること、さらに、人間にはおよばない超能力を持っていることなどを報告している。

 一方、「バクスター効果」を説明することができるのは、「量子非局所性理論
(nonlocality)」だけかもしれない。
即ち、同一原子から出された二つの光子(こうし、photon)は、両者の離れた距離に
関係なく、一つの極性が変えられるともう一つの光子もその影響を受ける。

アインシュタインはかつて、量子(りょうし)が非局所性を持つため、粒子間は
「まるで霊体のように距離を超えた力」が存在し、時間と空間を越える力で互いに
連係作用を持つ、と言った。もし非局所性が量子次元から、人間の肉眼で認知できる
次元まで表わすことができれば、「バクスター効果」も容易に説明できるだろう。
これは、宇宙全体が互いに影響し合っていることを指しており、
まさに中国の道家が唱える「天人合一」の思想と一致している。

<抜粋ここまで>
-------------------------------------
私たちは植物を科学的に調べて、こうである、あぁであるとします。
しかしそれはあくまで人間という外部から推測した立ち位置のもの。
植物自身の本当の気持ち、感覚とは、いったいどんなものでしょうか。
私はそこにいつも興味がありました。

植物と交信が出来、しかも植物と一体化できるという、ある少女の体験は
非常に興味深いものがありますので、下にご紹介します。

以下、「不思議館」の植物がささやく時より抜粋
-----------------------------------------

* 興味深い進化の原理 * 

 植物は危険を察知した時、どうするだろうかという実験がなされたことがある。
植物に何千という害虫をけしかけてみたのである。
動くことがなく受け身一方の植物は、大量の害虫にたかられて、何もせず
手をこまねいて死を待つだけなのか、それとも何らかの防衛処置を取るのか、
それは興味深い実験であった。

最初のうち、植物は一方的に害虫にたかられて葉を食い尽くされていくだけであった。
しかし、そのうち、どうしたことか、害虫は食欲をなくしたかのように食べなくなり、
元気をなくして動かなくなってしまった。
 中にはボロボロと落ちて死ぬものも続出した。調べてみると、植物は昆虫が
嫌がる特殊なエキスを自らの葉の中に合成していたことが判明した。

つまり、昆虫にとっては、最初はおいしいと感じた葉っぱが、
次第にまずくて食えない代物に変化していったということである。
 昆虫は次第に元気がなくなって餓死に追い込まれたのである。
こうして、植物は自らの体内に昆虫の嫌う生分をつくり出すことで
まんまとを危機を乗り越えたのであった。

img20e7e531zik8zj.jpg

 しかし、この話にはまだ先がある。時間が経つにつれて、昆虫の方も
植物の合成した毒に平気な免疫体質のものが出現するからである。
すると、また植物は新手な手段に出ることになる。
こういう形で植物と昆虫との永遠の知恵比べが繰り返されるのである。
これは相手が昆虫ではなく鳥や小動物の場合でも原理は同じである。

 こうして、お互いに争ったり利用し合ったりして植物と動物はしのぎを削り合ってゆく。
 植物は、長い年月をかけて必要に応じて葉のデザインをギザギザにしたり
トゲトゲにしたり、堅い殻をつけたり逆にネバネバにしたりする。
 一方、昆虫の方も植物の変化に対応して形が変わったり、嗜好や習性が変化
したりするのだ。 こうして考えると、進化とは何億年もの間、ひたすら繰り返される
シーソーゲームのようなもので、果てしなく続けられる化かし合いの応酬合戦の
ようなものだという気がする。


* 植物の心を感じてみよう *

もしも、植物の心を読むことが出来るなら、それはどういうものなのだろう。
こうしたことを究明するために、もう少し突っ込んだ試みがなされたこともある。
 バクスター研究所にデビー・サップという少女が訪問してきた時の話がそれである。

彼女によれば、自分はとても感受性が強く、植物とさえ交信ができて、
しかも植物と一体化することだって可能だと言うことであった。
そこで、彼女に植物の中に入り込んでもらって、植物の心とはいかなるものかを
調べようという実験が行われることになった。

 少女はまず瞑想すると、自分のイメージを部屋の隅の観葉植物に集中した。
まもなく、彼女の意識は、実体を離れて吸い込まれるように根から入っていった。
 視覚が一瞬途絶え真っ暗になったと思うと、次の瞬間には、
黄昏れの中にいるような不思議な感覚になった。
回りには橙色や緑色をしたフワフワしたイメージがゆっくりと漂っている。

 やがて、彼女の意識は、根から茎の部分に入り込んでいった。
周囲には、ぶわぶわした気球のような浮遊物が渦を巻くように一定方向に
流れている。それは半透明で乳白色をしていた。
 時々キラッキラッと強く光り輝いているのは水の分子なのであろうか。

その側で、螺旋系で小さな球のようなものをたくさんひっつけた細胞らしきものが、
膨張したり収縮したりして無数に漂っていたが、実に幻想的な景観であった。

 彼女はそれらとともにゆっくりと上昇していった。流れは少しずつ早くなり、
次第に明るくなってきた。 時おり、透き通ってピンクに光り輝いている球体や
コロイド状の白っぽいモヤのようなものが、すごいスピードで彼女を追い抜いていく。
 彼女はこの時自分が天高く飛翔しているような躍動感を覚えていた。

ひたすら上り詰めていくうちに、今度は軽やかで解放された心地よさがみなぎって
きた。もうその頃には、彼女の意識は植物の一部に同化してしまっており、
もう意識という感覚すら消えてなくなり、何もないという漠然とした感覚だけが
感じられるだけであった。

壁紙水~1

 そして、葉の近くまで来たと思われた頃、そこにはめくるめく光のイメージがあった。
 水晶のようにキラキラ輝いている光、黄金色に変化したり半透明になったりして
光沢を放っている光、虹色に輝く光、まさに何千何万の美しい光が乱舞している
光の洪水というべき景観であった。

 この時、彼女はなぜか永遠の安らぎにも似た満ち足りた気持ちであった。
それは何か広々とした中で、自分が優しく暖かく抱き抱えられているような
浄福に充ちた感覚なのであった。


* 人間のオーラに反応する植物の心 *

 以上は、彼女が後年になって語った内容である。
きらめく光の中で、穏やかで安らぎにも似た感覚、つまり、これこそが
植物の心と思われるものであった。

植物の感覚は宇宙感覚とも呼べるもので、この世に存在するあらゆる元素の
響きを敏感に感じ取れる触覚のようなものと言ってよい。
あたかもそれは魂の鏡のように、どんなに巧妙に偽っても心の底に隠された
知られざる姿を如実に映し出してしまうのである。

これを裏づけるような面白い実験が行われたことがある。
つまり、植物を二つに分けて、異なった条件で育てるという実験が行われたのである。

水や栄養など環境面では差をつけないが、一方は、絶えず植物に向かって
どなり散らしたりけなしたりして育てる。もう一方は、愛情を感じさせる優しい言葉を
かけて育てるのである。すると、どうだろう。

穏やかで優しい言葉をかけて育てられた方は、色艶もよく、すべてに生き生きと
しているのに対して、どなり散らして育てられた方は、次第に元気がなくなり、
やがてしおれ始め、ついには枯れてしまったということであった。

壁紙ラ~3

 これは、植物が人間の発するオーラに正直に反応したためではないかと
思われる。人間がきつい言葉、他人の心を傷つけるような言葉、すなわち
言葉の暴力を用いる時の心理状態では、正常なオーラは放射されない
ということである。
それどころか、生命力を削ぎ取ってしまうような逆の効果しかない。

病は気から来るというが、健全で前向き、愛情深い人の周囲にはいつも生命力が
満ち溢れている。逆に、精神的に不安定で悲観的、常にイライラして金切り声を
あげ続けているような人にはマイナスのパワーしか漂っていない。そうした人間が、
病気になりやすくよくないことしか起こらないのもそのためなのである。
このようなエネルギーの場に、植物は良かろうと悪かろうと目ざとく反応するのである。


* 心を純粋にすれば聞こえる生命の詩 *

 植物の心は正直で受動的である。彼らの方からは何一つ隠そうとはしていない。
ただ、我々の偏見が彼らの誘いを拒んでいるだけなのである。
植物と交信するためには、偏見にとらわれていない純粋な心が必要とされる。

つまり、疑いの心が半分あったり、他のことに気を取られ集中力が妨げられた
状態で行うと決して成功しない。
精神を集中し心を疑いのない純粋な境地に持っていかねばならないのだ。
この意味で、植物と交信するには、純真な子供が向いているのだそうだ。

 女性も、感覚的に右の脳で思考すると言われているので男性よりも向いている
らしい。すべてを受け入れることの出来るオープンマインドの心の持ち主だけが、
植物の心と交信することが可能なのだ。

そして、植物たちは、常にそうした汚れなき心が来るのを待っている。
森の中でそうした植物たちの心を感じた時こそ、森の精霊の存在を実感できる
時ではないかとも思える。誰でもイメージトレーニングの仕方次第によっては、
前述の少女のように植物の中に入り込み一体化することだって出来るはずだ。
その時、植物は私たちの呼び掛けに素直に応えてくれる。

壁280A~1

 あなたが植物と一体化して、自然界の伝導となる時、
植物と地上のあらゆる生き物たちのささやき合う声が聞こえてくることだろう。

 自然のあらゆるものは生きている。
小さなコケからちっぽけなトカゲにいたるまで。耳を澄ませば、そのささやきは
甘いメロディーとなって響いて来るにちがいない。それは生命の詩と呼べるものだ。


 そんな瞬間、私たちの意識は自分の身体を離れ大いなるものの一部となる。
その時こそ穏やかで至福に充ちた瞬間、つまり、森羅万象をつかさどる神々と
心が通じあっている時ではないかと思う。

<抜粋ここまで>
--------------------------------
↑の記事を書かれた不思議館ブログ主さんの感性にも大変共感しました。
これを読ませてただいて、水の気持ちもこうした植物の気持ちに近いのでは?
と思いました。
私たちの住む地球は、
こんなにも純粋極まりない植物の波動に満たされた処でもあるんですね(´▽`*)

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