2017-08

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臨死体験で末期癌が消えた③

臨死体験をされた女性アニタ・ムジャー二さんのお話しをご紹介しています。

臨死体験で末期癌が消えた② の続きです。

以下、日本語部分だけを抜粋して転載させていただきます。
http://yukosait.blog21.fc2.com/blog-entry-70.html


(この臨死体験の記事は、
アニータ・モージャニさんの公式サイトの英文記事をゆうこさんが和訳されたものです)

臨死体験で末期癌が消えた③

--- 臨死研究協会 ジェフリー・ロング博士(放射線腫瘍医) ---
この体験談があまりにも驚くべきものだったので、私はアニータさんに
追加質問のメールを送りました。

2006年8月 追加質問とアニータの回答  

ジェフリー・ロング博士の質問
--------------------------
1). 素晴らしい文章です!
今までに英語圏で暮らしたことはありますか?

2).ホジキンリンパ腫だったとのことですが、それは生検で診断されたのですか?
 どうやって診断されたのですか?

3).すべてのリンパ節腫大が完全に消えたのは、抗癌剤療法を始めて
どれくらい後ですか?

4).すでに行われていた検査の結果があなたの選択次第で変わり得たというのは
驚くべきことです。もしこの世に戻らない選択をしていたとしたら、地球時間で言えば、
検査の結果は あなたの選択の後に変わっていたのでしょうか?それとも採血時
 (地球時間で言えば、この世に戻る選択をする前だと思いますが) に
検査結果に影響を与えていたのでしょうか?
これについて、さらなるコメントをいただければ大変ありがたいです。

5).「このことから、すべての物事は実在しない ということに気づいた
(意識が変わったら癌も消えた!)と同時に、自分がすばらしくパワフルに
感じられるようになり、人生に対して全く異なった理解を持つようになりました」
とのことですが、これについてもう少しお教えいただければ、
癌治療に携わっている医師として大変ありがたいです。

6).あなたの治療に携わった医師たちは、私と接触することに興味を持って
くれるでしょうか? あなたの病気の診断や治療に関する情報の公開には、
あなたのご承諾が必要となります。
もしあなたの医師たちが、あなたの体験をまとめ、症例報告として医学文献に
発表する気があれば、私は喜んでできるかぎりのサポートをいたします。
それは確実に貴国における臨死体験への理解の増大につながると思います。


--------------
アニータの回答
--------------
ご返事ありがとうございます。 そしてわたしの英語へのお褒めの言葉も!
香港は1997年まで英国の植民地でしたので、わたしは全教育期間を通して、
この地の英国系私立学校で学びました。
香港には英国高官の子弟のために設立された学校がいくつもありましたし、
大企業のほとんどは英国人が経営していました。

香港の学校を終えると、わたしは英国マンチェスターでもう少し勉強し、卒業後、
香港に戻りました。そして、よく似た経歴の男性と、この地で結婚しました。
彼はわたしと同じくインド人で、香港で生まれ育ち、両親の母国との実際的な
つながりはありません。そしてわたしは香港でずっと働いてきました。

ところで先に進む前に、ちょっとお伝えしておきたいことがあります。
あなたのメールを見て鳥肌が立ったのです。
わたしは臨死体験をした時、自分の未来のあれこれを見たり直感したりできました。
それでわかったことは、「生」 に戻らないといけない理由の1つは、
わたしが人々の生き方に触れ、気づきをもたらすことになっていることでした。
何千、何万という人々に気づきをもたらすことになっているということが、
あの意識状態でとにかくわかったのです。

でも、どうやってそれをやるのかはわからず、ただ人々に気づきをもたらすような
何かをするということだけわかっていました。
そして、それを起こすために自分で何かをする必要はなく、ただありのまま、
人生を楽しんでいればいいのだという感覚がありました。

ところが最近このことを考えていて、わたしはもう元気になったのだから、
何か、ためになる生活をしたいな、人々に気づきをもたらすために
何をすることになっているんだろう…と思っていたのです。

そうしたら今朝、あなたからメールが来て、
「これから何年にもわたって何万という人々があなたの体験記を読み、
気づきを得ることは間違いないでしょう」 とありました。
わたしは自分で何もする必要はないんだと感じさせられていたわけが、
今こそわかりました!!臨死体験こそがそれだったんですね!!!


ご質問についてですが、回答がちょっと長すぎるようでしたらごめんなさい。
できるかぎり明瞭にしたいのです。今から約3年半前のこと、
わたしは首の付け根が左肩に接する所のリンパ腺が腫れ、針生検を受けました。

結果は 「ホジキンリンパ腫」 と出ました。そして、他にもまだ検査をしなくては
ならないけれど、スキャンでは1A期という診断でした。
こういうことは臨死体験に直接関係がないから不必要だと思って、
先日の体験談では触れなかったのですが、少し詳しく述べてみます。

その少し前に、わたしは親友を癌で亡くしていました。
彼女は胸部に肉腫がありました。肉腫は手術で取り除かれ、
続いて抗癌剤投与を受けました。
抗癌剤療法が始まると、彼女の体調はひどく悪化し、そのままどんどん悪くなって
彼女は亡くなりました。

彼女の家族は、「あれは癌で死んだのではない。抗癌剤で殺されたのだ」と
憤りを感じていました。わたしは彼女が病気の間中ずっと一緒にいて、
彼女が抗癌剤で苦しむ恐ろしい姿を見つめ、彼女が死んでいく有様を見守りました。
彼女は小学校時代からの友だちで、わたしたちは一緒に大きくなったのです。

彼女が死んだその年に、わたしは癌と診断されて驚愕しました。
仲間の多くも、同じようにショックを受けていました。
わたしは抗癌剤療法が怖くてたまらず、処置を拒否して、
癌治療を専門とする自然療法医に診てもらうことにしました。

最初、リンパ節の腫れは縮んでいるようで、わたしたちはその療法が
効いているのを感じました。わたしは抗癌剤治療を受けなくていいので、
大いに満足でした。でも、癌は小さくはなりましたが、完全に消えはしませんでした。


その時わたしは恐怖心だらけで生きていました。
癌への恐怖、抗癌剤への恐怖…。

わたしはダイエットを見直し、腸内洗浄をし、自然療法医がくれたすべての薬を
飲みました。 けれども2年前ぐらいから、リンパ節はまた大きくなりだしたようでした。
自然療法医は治療法を変え、薬草の専門家にも紹介してくれました。そ
れでしばらくは安定したように見えましたが、
1年前ぐらいから胸に水がたまりだし、左腕がむくみだしました。

自然療法医は水を抜いてくれましたが、また水がたまり、その後数回にわたって
除水が行われました。こうしている間にリンパ組織はますます腫れていき、
2006年1月になると、健康状態が2、3週間で劇的に悪化していきました。

呼吸がどんどん困難になり、いつも息を切らしているようになって、
携帯用酸素吸入器を持ち歩かなければならなくなり、体重は減っていき、
満腹感がいつもあるため食べられなくなり、筋肉が衰えて歩けなくなったため
車椅子を使うようになり、皮膚の腫れ物からは汁がにじみ出ていました。

そして2月2日には、とうとう動けなくなりました。
目を開けることができず、歩くことはおろか、ベッドから出ることさえできません。
「ああ、ついにその時がやって来た。わたしは死ぬのだ」 と観念し、
完全に自分を手放しました。どんな痛みも不快感もなくなりました。
この時わたしは何の薬物の影響下にもなく、完全な明け渡しの意識状態でした。

夫は急いでわたしを病院に運びました。わたしを診ることになった癌専門医は、
診察後、「手遅れです。わたしにできることは何もありません」 と言いました。
それでも夫が懇願すると、彼女は渋々ほかの医師をつけてくれました。
それはたぶん自分で 「時間の無駄づかい」 をしたくなかったからか、
または、自分の経歴にわたしの死亡事例を残したくなかったからでしょう。

彼女はわたしの自然療法医にとても気を悪くしていて、彼はもっと早くわたしを
病院にまわすべきだった、わたしが今死にかけているのは 「彼のせい」 だ、と
はっきり言いました。ス
キャンはリンパ腫がわたしの体全体に広がっていることを示し、
臓器は不全におちいっていました。そして、手足が風船のように膨れだし、
顔も膨れ上がってきました。癌専門医は、「臓器がもう働かなくなっています。
患者さんは臓器不全で死にかけています」 と言いました。

そして彼女は夫の嘆願を聞き入れて別の癌専門医を呼び、その医師は夫に、
「何もお約束はできませんが、できるかぎりのことをやってみます。
しかしこれから24時間が山です。患者さんの状態はあまりにも不安定で、
どんな薬を注射するか決めるための生検をやることさえ難しそうですから。
臓器の機能のテストも今すぐ始めます。
臓器不全のあらゆる徴候が出てますからね」 と言いました。

これは、わたしが寝かされている部屋から約12m離れた所で交わされた会話です。
わたしにはそれが見え、聞こえたたのですから、
そのとき体外離脱をしていたことは明らかだと思います。

それはともかく、次に気づいたことは、何本もの針が体に刺され、
何種類かの抗癌剤らしきものが注入されていることでした。
その混合薬が正確にどういうものだったかはわかりません。

そして、酸素を取り込む機械や、食物を取り込むチューブ、心臓や脈や血圧を
モニターする機械など、様々なものが取り付けられていました。
その夜、2つの世界をただよい、「生」に戻るという選択をしたわたしは、
翌朝になると、目覚めた感じが増してきて、あちらの世界よりもこちらの世界に
根を下ろした感じがやや強くなってきました。

そこへ医師たちが入って来て、わたしの臓器が正常な機能を示すように
なったことを告げました。わたしはまだ少し頭がボーッとしていたのですが、
「あら、そのことはもうご存知だと思ってました」というようなことを言いました。

機内で一夜を過ごした兄が、到着していました。
そしてわたしは、その日の夕方までにははっきりと目が覚め、起き上がれるように
なっていました。わたしの家族みんなが集まって、お祝いを始めました。

それから4日間の回復ぶりは目覚ましく、わたしは集中治療室 から普通の個室へ
移されました。その4日間に、リンパ節の著しい縮小があったのです。

わたしがすっかり回復しそうになってきたので、癌専門医はわたしの皮膚の
腫れ物を診察するために皮膚科の医師を呼びました。最初その医師は傷を見て、
皮膚が 「むしばまれて」 いるから手術が必要だと言いましたが、
もっとわたしの体力がつくまで待つことにしました。

けれどもわたしの傷は、1、2週間の内に奇跡的に癒えてしまい、
その手術 (首の所と脇の下) は必要なくなりました。集中治療室 から出て
1週間ぐらい後、骨髄生検を受けましたが、何も見つかりませんでした。

そしてそれから10日ぐらい後、リンパ節生検を受けました。
わたしがリンパ節生検に送られた時、放射線技師は癌と呼べるほどの大きさの
リンパ節を見つけることさえできませんでした。それでも癌専門医は、とにかく
リンパ節を1つマークするよう放射線技師に命じ、それを生検しましたが、
何も見つけられませんでした。

その度ごとに、わたしには試験結果が 「異常なし」 と出ることがわかっていました。
でも癌専門医は、どういう抗癌剤を使うかを決めるために、そういう検査を
したかったようです。それでも何も見つけることができなかったものですから、
「これは、今使っている抗癌剤がとてもよく効いている証拠です。今後もこれを
使っていきましょう」 と言いました。

わたしは、「癌が消えたのだったら、どうして抗癌剤療法を受け続けなくては
ならないのですか」 と言ったのですが、
彼は、「あなたの回復度は驚くべきものですが、来院時の状態を思い出せば、
少なくとも最小限のサイクル期間だけは投与しておかなければなりません。
最初はもっと何サイクルもの投与が必要だと思っていましたが、
今、それを最小限に下げたのです。それが6サイクルです」 と言いました。

なぜかはわかりませんが、わたしには抗癌剤のひどい副作用はありませんでした。
臨死体験ですばらしくエネルギーが高まり、どんなものにも負けない体になって
いたようです。そしてもう抗癌剤に対する恐怖心も消え、
何も心配ない (心配ないどころか完璧) ということがわかっていました。


質問3の答ですが、リンパ節は抗癌剤療法開始の4日後頃には目に見えて
小さくなり、およそ80%になっていました。
でも生検が実施されたのは、それから約2週間後です。その生検では、
癌と呼べるほどの大きさのリンパ節を見つけることさえできませんでした。
医師たちは生検の実施を、わたしの体力がつくまで待っていました。
だからそれより早くは実施されなかったのです。
骨髄生検はもっと早く実施されましたが、その時も、何も見つかりませんでした。


質問4: これは、3次元の限られた言葉で説明するのがとても難しい点の1つです。
時間は、あちら側では完全に別な意味を持っているようなのです。

わたしが感じたのは、「あらゆる可能性は同時に存在している」ということでした。
それは、自分がどの可能性を選ぶかで決まるのです。言わばエレベーターの中に
いるようなもので、建物のすべての階はそこに在るけれど、どの階で降りるかは
自分で選べるんです。

わたしがあらゆる未来の可能性の中から選択できるのであれば、
当然それぞれの過去のシナリオも、みんな存在するんだと思います。
だから、わたしがどの未来の可能性を選ぶかによって、
どの過去がそれに伴って来るかということも自動的に決まるんです。

(わたしは「生」を選んだので、それは過去に影響を及ぼし、
それにふさわしい臓器の機能の検査結果が選ばれたのです。)
これで伝わっているでしょうか? 
思いの中でははっきりわかっているのですが、文章にするとなると難しいです。

わたしはあの選択肢を与えられた時、まさに検査報告書の映像が見え、
見出しにはこう書いてあったのです。
「診断: 臓器不全」
そして本文には、
「ホジキンリンパ腫に起因する臓器不全により死亡」

わたしがこちらの世界に戻ってから実際に見た報告書は、それとそっくりで、
見出しは一字一句同じでした。
「診断: 臓器不全」
でも本文には、こう書いてありました。
「臓器不全の所見なし」

わたしはその報告書を見た時、もう1つの文言の可能性を思い、
本当に鳥肌がたちました。


質問5: わたしは今、わたしたちが普通の意識で気づいている事や理解できる
事よりもずっと多くの事が存在していることを知っています。
臨死体験以来、わたしは毎日、ますます色々なことがわかってきています。
わたしは今、以前のわたしには想像もできなかったような種類の、
「知っている」とか「わかる」と感じられる物事があることを発見しています。


いちばん良い喩えとして思いつくのはこういうことです。
巨大な倉庫があって、中は真っ暗だと想像してください。
あなたは懐中電灯を1つだけ持って、この倉庫の中で暮らしています。
あなたがこの倉庫について知っているのは、その小さな懐中電灯の光で
照らされた物だけです。

あなたが何かを探したいと思えば、それは見つかることもあるし、
見つからないこともあります。でも、だからと言って、その物が存在しないと
いうことにはなりません。ちゃんとそこにあるのだけれど、
あなたがまだ懐中電灯の光をあてていないだけなのです。
あなたはその光があたっている物しか見えないのですから。

すると、ある日、誰かがパチッと電気をつけます。
あなたは初めて倉庫全体を見ます。
その広大さは驚くばかりで、端の方はかすんで見えません。それであなたは、
そこには見えている物よりずっと多くの物があることに気がつきます。

でも、その品々がたくさんの棚にどのように並んでいるかということは見え、
この倉庫には何と様々な物があるかということに気がつきます。

以前はそういう物に気づかず、そういう物の存在を想像することさえできなかった
のですが、それは、以前からあなたが存在に気づいていた品々
(あなたが懐中電灯の光で見つけていた品々)と同時に存在していたのです。

そして、電気がまた消えてしまった後も、あなたがその経験で得た気づきと
洞察力の明晰さが失われることはありません。
再び懐中電灯だけの暮らしに戻っても、もうあなたは物の探し方を
知っているのです。

あなたは、どういうことが可能かを知っているし、何を探すべきかということさえ
わかっています。あなたは今までと違う物の見方をするようになり、
この新しいスタート台から様々な経験が起こり始めるのです。


そんなわけで、わたしは日々の生活の中で、
その時々にあの体験から別々のものを引き出しています。そして、ものごとを
以前と違う風に理解し、自分が知っているのを知らなかった色々な事が
わかりだしました。

わたしにはすべての人が「エネルギー」として見えました。
各自のエネルギーレベルがどの位置にあるかによって、各自が自分自身のために
創りあげる世界が決まるのです。
この事からわたしが気づいたことは、もし癌が自分の「エネルギー」の中に無ければ、
肉体の中にも無くなるということでした。

もし自分のことを好ましく思えるような感覚が自分のエネルギーの中にあれば、
現実世界もポジティブなものになります。
もしエネルギーの中に癌があれば、いくら医学的療法で肉体の癌を根絶しても、
じきに再発することになるでしょう。
けれども、もしエネルギーから癌を一掃することができれば、肉体もじきに
そのように変わるのです。


わたしたちは皆、普通に考えられているような 「確固としたもの」 ではないし、
肉体でもありません。
わたしに見えたことから言えば、わたしたちはまずエネルギーであり、
肉体は、単なるそのエネルギーの表れに過ぎません。
だから、自分のエネルギーを変えれば、現実世界を変えることができるのです。

(「エネルギー」 じゃなく 「振動」 という語を使えば? と言ってくれた人もいます。)
個人的には、わたしはこう感じさせられました。

エネルギーレベル (振動レベル) を高く保つためには、ただ、その瞬間瞬間を
生きればいい。人生のあらゆる瞬間を楽しみ、それぞれの瞬間が次の瞬間を
高めるようにする。(そうすれば、わたしの未来が高まる。)

自分のエネルギーレベルを高めていくその瞬間こそが、
自分の未来を変えることができる時である。(わたしの検査結果のように。)

単純すぎるように聞こえるかも知れませんが、
わたしはこの気づきが起こった時、とても深い感じがしました。


質問6: わたしはまだ医師たちに臨死体験のことを話してないのです。
わたしの医師たちはやや旧式な感じがするし、どういう反応を示すか
わからないので。でも、話してみる気はあります。

次の木曜日の朝、全般的検査を受けに行くことになっているので、その時に
話を持ち出してみます。今までにも話してみようかと思ったことはあったのですが、
話すにふさわしい時が見つかりませんでした。

でも医師たちは、わたしの回復ぶりが目覚しいということは、入院中たびたび
言っていました。このことに関する今後の進展については、またお知らせします。
あなたが彼らと情報交換されることは、彼らの同意さえあれば、わたしは一向に
かまいません。


以上でご質問への答えになっているでしょうか? 
あなたのサイトに掲載されると思うとわくわくします。
ことに、特殊な体験談というアーカイブに入れられると思うとなおさらです。
あなたのサイトのアドレスは、わたしの兄が10日前に教えてくれました。

兄はわたしの体験後、臨死体験というものについて調べ始めたのです。
それでわたしは、すぐにそのサイトのアンケートに記入を始めたというわけです。

   ◇  ◇  ◇

この記事が掲載された後、米国の腫瘍学者ピーター・コー博士は
この症例に関心を持ち、アニータに会うため香港へ飛んだ。
そしてアニータの医療記録にあるすべての関連情報のコピーを取り
克明に調べた後で、彼女にこう言った。
「どう見ても、あなたは死んでるはずですよ!」 

記録を見直した後、博士は世界中の癌研究機関に調査結果を提出した。
どの研究機関も、「今までにこんなことが起こったという記録はない」と応えた。
コー博士はアニータを招いて公共フォーラムを開催し、また、彼女の症例の
研究結果についてのラジオ・インタビューも受けた。
それを録音したものは、このサイトでも聴くことができる。

臨死体験で末期癌が消えた④ に続く




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