2017-08

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臨死体験で末期癌が消えた④

臨死体験をされた女性アニタ・ムジャー二さんのお話しをご紹介しています。

臨死体験で末期癌が消えた③ の続きです。

以下、日本語部分だけを抜粋して転載させていただきます。
http://yukosait.blog21.fc2.com/blog-entry-71.html


(この臨死体験の記事は、
アニータ・モージャニさんの公式サイトの英文記事をゆうこさんが和訳されたものです)

臨死体験で末期癌が消えた ④

臨死体験研究協会による アニータへのインタビュー [1] 

【臨体研】
アニータさん、こんにちは。 またお話しできて嬉しいです。
あなたが臨死体験をして回復してから、まだほんの数カ月しかたってませんが、
最近どんな感じかなと思っていたんです。
あなたの体験がマスコミや一般の人々の関心を呼ぶようになってから、
なにか好き勝手に動き回れなくなったというようなことはありますか?
 

【アニータ】
体はすごく調子いいです。 お心づかいありがとうございます。
今まで、こんなにいくらでもエネルギーが出せるようになったことは一度もなかったと
思います。マスコミや一般の人たちからの関心は、とっても楽しいです。

みんながすぐにわたしに気がつくわけじゃないんですよ。
わたしの体験談を聞いたことがある人はいっぱいいるけど、ほとんどの人は、
わたしの顔を知らないんです。
わたしのことをインターネットで読んだか、ラジオで聴いたことがあるだけだから。
(わたしは中国語のラジオ放送のレギュラー出演者になってるんですよ!)
 
わたしが自己紹介すると初めてみんな、「あらまあ! じゃあ、あなたがあの、
死んだアニータさんですか!」 って言うんです。
もう1つの楽しいことは、社交的な集りやスピリチュアルな集りに
いっぱい招かれることです。
そして何より嬉しいのは、みんなが次々にわたしを抱擁してくれることです。
わたしに会うとみんな、
「あなたの体験にすごく感動しました。 抱きしめていいですか?」 って言うんです。
わたしは、「もちろん!」 と応えます。そういうの、大好きです!!

【臨体研】
うん。 あなたがだんだんインターネットのフォーラムで人の心を抱擁する達人に
なってきてるのがわかりますよ。これから世界中の人を抱擁できますね! 
臨死体験から戻ってきて、3次元世界への適応がいちばん難しいと思ったのは
どういう点ですか?
 

【アニータ】
ああ、それなんですよね。 いちばん難しいのは、みんなと同じ見方でこの世界を
見ることができなくなったことです。ものごとが、他の人たちみたいには見えないし、
前みたいなやり方で情報を処理することもできません。 できなくなったんです。

この現象界の幻想を超えた世界を見てしまったから、もう昔のような考え方には
戻れないっていう感じです。 誤解されてるな、と思うこともよくあります。
わたしが恐れていることの1つは、だれからも理解してもらえなくて孤独に
なることです。

【臨体研】
そうでしょうね。
言葉にするのが難しい経験から来る孤独感があることは想像できます。
その考え方が、あなたの実生活にどう影響しているかについて、
もう少し話してみてもらえませんか?

 
【アニータ】
臨死体験をしていたとき、わたしは別の現実に目覚めたような感じがしていました。
人生という幻想の世界から目覚めたという感じです。 その意識状態で見ると、
わたしの肉体生命は、単にその時点までのわたしの思いと思い込みの集積でしか
ないように見えました。

そして世界全体が、単なる集合意識の具象化だと感じられました。
つまり、全人類の思いと思い込みが形となって表れているもの、ということです。
本当は、実在するものなんか何もない、 ただわたしたちの強い思い込みで、
それが実在しているように見えているだけなんだ、と感じられました。

わたしの癌にも実体なんかないんだということに気がつきました。
癌も幻想の一部だから、わたしが肉体に戻れば、もうそこには癌なんかないんです。
それからもう1つ、「わたしたちはみんなつながってるんだ」 という、途方もない
気づきがありました。
そして、「自分の内部で感じることが宇宙全体に影響してるんだ」 という気づきも。

それは、宇宙全体が自分の中にあるような感覚でした。
わたしのことで言えば、わたしが幸せなら宇宙も幸せ、
わたしが自分を好きになると、他の人もみんなわたしを好いてくれる、
わたしの心が平和なら、宇宙全体も平和になる、…という感じです。

そして、その次元には時間や空間なんてものもないんです。
何もかもが同時に起こっているような感じでした。
過去世のできごとと思えるようなイメージも見たし、現在起こっていること
(兄が飛行機に乗ったことや、家族と医師たちが会話していること) も見え、
この人生の未来がうまくいっている様子も見えました。
でも、それが全部同時に起こっているようで、わたしはそれを全部同時に
体験してたんです。

こちらの世界に戻ってくると、わたしの頭はそれを時系列で並べてみなくては
ならない感じになりましたが、あちらの次元では、そんな感じは全然ありせんでした。

そして、いくら距離があろうと、固い壁があろうと、自分に関係のあることを
見たり聞いたりする妨げには全然なりませんでした。だから今、3次元の生活に
戻ってみると、固体の壁や距離というものが存在するのは、ただわたしたちが
そう決め込んだり、思い込んだりしてるからなんだ、という感じがしています。

【臨体研】
すごい! そんな経験をすると、さぞかし頭が混乱するでしょうね!
じゃあ、臨死体験が今、あなたの考え方や情報の処理の仕方にどんな影響を
及ぼしているかについて、もう少し話してもらえませんか?
 

【アニータ】
まず第一に、わたしの世界観が完全に吹っ飛んでしまいました。
この数カ月のあいだ、わたしは医師たちから何度も「あなたに起こったことは、
全く説明がつかない。 医学的に不可能なことだ」 と言われ続けてきました。

彼らは、何十億の癌細胞がほんの数日の間に一体どこへ行ってしまったのか、
見当もつかないんです。
医学的には、どこから見ても、わたしは死んでいるはずでした。
わたしの臓器の活動は止まっていたし、癌がわたしを殺していたか、
薬物がわたしを殺していたか、または何十億の癌細胞が逃げ出そうとして
わたしの停止した組織からあふれだし、わたしを殺していたはずなんです。

わたしの肉体に起こったことから見て、わたしはもう 「肉体にとって不可能」 なんて
ことは、前みたいには考えられなくなくなりました!
「治り得る」 病気や怪我と、そうでないものとの境界線を、わたしの心のどこに
引くことができるでしょう?
どんな物差しや論理を使えば、結論が引き出せるのでしょう?
 「医学的に可能」 なんていう所からじゃないことだけは確かです!

わたしはもう、そんな基準を自分の人生に適用することができなくなりました。
「不可能」 という言葉は、わたしにはもう何の意味もありません。
可能と不可能の境界が、とても疑わしくなったんです。

わたしたちが現実と呼ぶもののすべてが、わたしにはすっかり違うものに
見えています。 病気も、老化も、その1つです。

わたしは 「あたりまえ」 とか 「正常」 と考えられているものには何でも逆らって
みることにしています。
今のわたしには、何もかも、人間が作り出したものという気がするんです。
つまり、個人や人類の思い込みの産物ですね。

あの体験をして以来、どんなものにも実体がないけれど、どんなことでも可能だ、と
感じるようになりました。今わたしは、新しく学んだこういう真理に基づいて
自分なりの現象界を作っていけるんだ、と思いながら生きています。

【臨体研】
それは本当に強力な生き方ですね。 「自分なりの現象界を作る」 というお話に
進みたいんですが、その前に、肉体の話で、
あなたがもう病気というものを大したことだとは思わなくなったどころか、
もうほとんど 「不死身」 と感じておられるように聞こえるんですが、
それについてもう少し詳しく説明していただけますか? 


【アニータ】
はい。 臨死体験をする前、わたしが人生でいちばん恐れていたものの1つは癌、
もう1つは抗癌剤でした。
(わたしは抗癌剤療法を受けている2人の人間が死んでいくのを見たんです。 )

そして他にも恐ろしいものが、山ほどありました。
わたしの人生は、まるで恐怖心という檻の中に閉じ込められているようなものでした。
そのため、わたしの人生経験はどんどん小さなものになっていました。

そこで、わたしの臨死体験に移ります。
この体験は、わたしの内部でものすごい意識変革を引き起こしました。
幻想に気がつくようになったことも大きかったし、宇宙全体とつながっているという
感覚もすごかったし、すべてを包み込むような愛のエネルギーの洪水の中にいる、
という気づきもすばらしいものでした。

それは、差別することも裁くこともない無条件の愛のエネルギーで、
この根源的エネルギーは、わたしたちがどんなことをし、どんな者であろうとも、
そこにあるんです。

そしてわたしは、その覚醒した意識の中で、「生」 に戻るという決定をしたんです。
それは、もう一度この肉体に戻って人生を体験し直そう、という1つのパワフルな
決定でした。そしてね、わたしは生か死かの選択を示された途端、
一旦その選択をした後は、どんな外部の力もわたしを殺せないということが、
はっきりとわかったんです。
絶対にどんな力も、です。
それは、わたしが選択を任され、それを現実化したからです。


そして、わたしが決定をした途端、わたしの肉体の全細胞がその決定に従い、
わたしは即刻とも言えるほど急激に治ってしまったんです。
医師たちは、次々に検査をし続けましたが、何も見つけられませんでした。

わたしは、そのあとでされたこと (検査や生検や抗癌剤やその他諸々) はすべて、
わたしの周りのみんなを満足させるためのものだということを理解していたので、
その多くが非常な苦痛を伴うものではありましたが、
それに耐えられるということがわかっていました。

わたしの 高次元の自己 (または 魂、霊、全存在とのつながり…等、どう呼ぼうと
かまいませんが、わたしのその部分) が、
この肉体を通して生き続けようと決めたんですから、
この3次元世界のどんな力もその決定をくつがえすことはできないんです。

それは、実在の世界でなされた決定は、この幻想世界のどんなものよりも
はるかに力がある、という感じでした。
それがこの 「不死身」 の感覚です。
外部のどんな力もわたしを害することはできない…という感覚なんです。

【臨体研】
その感覚は、だれでも得ることができるものだと思いますか?
それとも、臨死体験者か、ごく少数の特別の人だけしか達成できないものだと
感じますか? 


【アニータ】
わたしはだれでも得ることができるものだと確信しています。
どう見ても、わたしは特別な者だとか選ばれた者だとかいう感じはしませんから。
たぶん、こういうことが起こるためには、自分の人生の中で、
心理学的にちょうどいい 「場所」 に来ている必要があるんじゃないでしょうか?
 
確かにこれは、たまたまわたしに起こったできごとのようにも見えます。
でもね、わたしはその約4年前から癌だったんですよ。
その4年の間に、わたしは劇的に変化したんです。
まだかなり若い年令で末期癌患者になって、自分が悪化するのを見ていれば、
自分が変わるし、人生に対する見方も変わります。 変わらざるを得ないんです。

わたしは、その年月がああいう種類の臨死体験をするための 「準備期間」 だった
ような気がします。もしわたしがもっと早い時期に、つまり、4年近くも癌と暮らして、
ある程度自分の意識や感情の整理がつく前に、臨死体験をしたのだったら、
あれだけの意識変革を扱えるほど感情的に成熟していたかどうかはわかりません。

わたしは、自分の人生が、この意識変革が起こるのを 「受容」 できる位置まで
達していたように思います。
すでに、どういう考え方にも執着しない地点まで達していたし、
特定の結果を望む気持ちを手放せる段階にも達していました。

この位置まで達していたということは、わたしにとって重要なことだったと思います。
臨死体験は、わたしが幻想を超えた見方ができるようになるために必要な、
最後の 「一押し」 をしてくれたんです。

そして、いったんこの肉体が真の自己でないことがわかり、癌もただのまぼろしだ
ということがわかると、わたしはどんなに愛されているかがわかり、
自分自身のすばらしさに気がつきました。

そして、いったんわたしが生きようと決めると、肉体はこの 「新境地」 をそのまま
反映したのです。
世の中には、こういう意識変革が起こるにふさわしい心理状態の人たちが、
きっといるはずです。 そしてその人たちは、そういう意識変革を起こすために、
臨死体験をする必要はありません。
彼らが必要なのは、たぶん、何が可能かに気づくことだけです。

そして、わたしにこういうことが起こったということは、たぶんわたしは
、彼らの現象界にそういう気づきをもたらす触媒になれるということかもしれません。
心を広げてそういう気づきを自分の現象界に受け入れられるようにしていると、
自分の内部にも、そういう意識変革を引き起こすような働きが
生まれてくるんじゃないかと思います。

そういう奇跡が起こるのを見るためには、だれもが臨死体験のような激烈なことを
しなければならないというものではないと思います。
たぶん、意識変革を妨げている色々な思い込みを手放すだけでいい。

この人生が幻想だと思える意識状態から見ると、幻想世界が成り立っているのは、
わたしたちが特定の思い込みに執着しているからだという気がしました。
たぶん、わたしたちを縛っている思い込みに目を向けて、それを手放す気があれば、
わたしたちは集合意識としての進化をもっと速めることができるんじゃないでしょうか。


【臨体研】
さてそこで、先ほど保留にしておいた質問に戻ります。
わたしたちはどうやって自分の現象界を作るんですか? 


【アニータ】
あちらの次元から見ると、
「実在するものなんか何もないんだ。 単にわたしたちの思い込みで、
それが実在しているように見えていただけだったんだ…」 と感じられたのです。

この気づきを元に、わたしは自分の思い込みをチェックし、わたしの人生を
広げてくれそうなものだけを残して、束縛される感じがするものや、
どう見てもポジティブだと思えないものは手放すことにしています。

わたしたちは、いったん何かが可能だと思うと、それが自分の知覚領域の中に
入ってくるのを許すようになるみたいです。
そうすると、それが真実だと思えるようになるんですね。

そして、そう思い込めば思い込むほど、それが現実化してきます。
ネガティブなものじゃなくポジティブなものを信じることがどんなに大事かというのは、
このことがあるからなんです。
あなたが深く思い込んでいることは、どんなことでも、その通りになります。

宇宙はいつも、あなたが信じている通りのものをあなたに提供してくれるんです。
あなたが人生はすばらしいものだと思えば、人生はすばらしいものになります。
人生は苦しいものだと思えば、それも、その通りになるんです。

個人的にわたしがやろうとしていることは、人々が自分自身の体に秘められている
力に気づき、その気づきを自分の信念体系に取り入れられるようにすることです。
その気づきを信じる人が多くなればなるほど、
わたしたちは、その種のことが起こるのを頻繁に見ることになるでしょう。

たとえば、奇跡が奇跡と呼ばれるのは、
単にそれがわたしたちの信念体系の外のできごとだからなんです。 いったんそれが
起こるのを見てしまえば、わたしたちはそれを信じられるようになってきます。
そして、いったんそれを信じ始めると、それは日常世界のものとなり、
ますます頻繁に起こるようになります。 簡単なことなんです。

【臨体研】
そうですね。 思い込みがこの現象界を作っているとすれば、
たしかに、自分たちを損なうような考え方じゃなく、
ポジティブな考え方や役立つ考え方を信じることが大事ですよね。
でも、こんなに暗いことだらけの世の中で、どうすればそれができるんでしょうか?


【アニータ】
先ほどわたしは、「宇宙全体が自分の中にあると感じた」って言いましたよね。
外界は、自分の内面世界の反映にすぎないんです。

「世界は暗いことだらけ」 とみんなが言いますが、それはちょっと違います。
まわりを見回してみてください。
この宇宙には、あらゆるものが同時に存在しています。
暗いことがあれば、明るいこともあるんです。
貧困があれば、富もあるし、病気があれば、健康もある。
愛があれば、憎しみや恐怖もあるし、幸福があれば、絶望もあります。

暗いことの方が明るいことより多い、なんてことは、絶対にないんです。
暗いことの方が多いように感じられるのは、わたしたちが、そういう見方を
選んでいるからです。

そして、そういう見方を選んで、そのことに意識やエネルギーを
集中すればするほど、わたしたちはそういうものを人生の中に取り込み、
自分の個人的現実の中にそういうものを作りあげていくんです。

先ほどわたしは、
「この世界は、わたしたちみんなの集合意識が作り上げたものなんだ」 って
言いましたよね。わたしが臨死体験で悟ったと感じたのは、そのことなんです。
わたしたちは誰でも、何を現実と思い、信じるかを、いつでも自分で
選ぶことができるんです。

【臨体研】
じゃあ、もし人生がうまく行っていないとしたら、どうやってそれを
変えていったらいいでしょうか?
 

【アニータ】
その質問、大好きです。
自分を無条件に愛することの大切さについてお話しできるチャンスですから。
ぜひ自分を無条件に愛する訓練をなさることをおすすめしたいと思います。

わたしは、「宇宙は自分の反映にすぎない」 って言いましたよね。
もし人生がうまく行かなくて悩んでいるのなら、自分の内側で何が起こっているのか
見ないと、いくら外部要素を変えても無駄なんです。
わたしたちって、自分に対して否定的な思いを持ってることが多いですよね。
自分が自分の最大の敵になってる。

わたしがまず言いたいのは、
「自分がいま人生のどの段階にいるかという理由で自分を裁いたり責めたり
するのは止めよう」ということです。
もしわたしが、いつも人のやり方に不満を示し、批判ばかりしているとしたら、
それは、わたしがいつも心の中で、自分に対して同じことをやっているからです。

心の中で自分に言っていることを、外側に表しているだけなんです。
自分を無条件に愛すれば愛するほど、この世界の麗しさや人々の麗しさが
見えてきます。
もし自分を愛し、自分を裁かないで、自分の完全性を見ることができるなら、
他の人の中にもそれと同じものを見ることになるでしょう。

そして、自分を愛すれば愛するほど、他の人たちを愛する心も大きくなります。
わたしたちは、自分を愛せる程度以上に人を愛することはできないんです。
自分を愛するのは利己主義だと思い込んでいる人が多いようですが、
こんなに間違った考えはありません。
自分が持っていないものを人に与えることはできないんですから。

自分が今いるところがどこであろうと、
それは現在までの自分の思いと思い込みの結果に過ぎません。
だから、それは自分で変えることができるんです。
わたしが死の直前に癌をくつがえしたのを思い出してみてださい。

医師たちは手遅れだと言ったけど、手遅れじゃなかったんです。
だから、まず大切なのは、何かをしたり変えたりするのに手遅れなんてものは
ないんだと気づくことです。

今というこの瞬間には、人生を変革するパワーがあります。
それを見ることが大切です。
もしあなたが 「類は友を呼ぶ」 というようなことを信じられるのだったら、
最良のものを呼び寄せる最善の方法は、愛でいっぱいになるほど自分を愛し、
自分に対するこの信念を強めるようなものだけが集まって来るようにすることです。
すごく簡単なことなんですよね、本当に。

【臨体研】
いつも愛にあふれているわけではないこの世界で、
どうすれば無条件の愛にあふれた人間になれるでしょうか?


【アニータ】
まず覚えておいていただきたいんですが、
わたしは自分の心が表れたものがこの宇宙だと感じてるんです。

だから、無条件の愛は、世界 (または宇宙) に向けるものじゃなくて、
内側に向けるもの、自分自身に向けて行くものなんです。

わたしは毎日、自分を愛することを学んでいます。
それからもう1つ、「愛情深いこと」 と 「愛そのものになること」 の違いを
説明させてくださいね。

「愛情深い」 というのは、自分自身への愛があろうとなかろうと、
人に愛を与えることです。
つまりそれは、自分が持っているかいないかわからないものを与えることになります。

そんな愛し方をしていると、結局自分が消耗することになりかねません。
だって、いくらでも補給できるわけじゃないんですから。
そして次には、人に愛を補給してもらうことを期待し、それが得られなければ、
もう疲れきって、愛情深い人間でいることをやめてしまうんです。

これと違って 「愛そのものになること」 というのは、
自分自身を無条件に愛していると、その愛が外にあふれ出し、まわり中の人たちが
自動的にその愛の受け手になってしまうことを言います。

そこでは、自分を愛すれば愛するほど、その愛が人々に流れて行くことになります。
それはまるで、自分が愛のあふれ出る器になってしまったような感じです。
自分が愛そのものになってしまえば、その愛を受け取る人々に、
何かをしてもらう必要がなくなるんです。

ただ自分を愛してさえいれば、その結果として、人々が自動的にその愛を
受け取るんですから。
愛そのものでなくなるということは、自分が自分を愛するのをやめるということです。
だから、誰かのせいで愛そのものじゃなくなった、なんてことは起こらないんです。

【臨体研】
じゃあ、自分自身の愛のエネルギーを高めるにはどうしたらいいんでしょうか?


【アニータ】
外に向けて放射するエネルギーの質を高めたり弱めたりするのは、
自分が心の中でやっている独り言だという気がします。
わたしは長い間、自分を否定するような独り言を続けていたので、
エネルギーが衰え、外部の状況がどんどん悪くなっていきました。

外面的にはいつも本当に前向きで、快活で、愛情深く、ポジティブな姿ばかり
見せていたのですが、世界はわたしの周りでぼろぼろと崩れだし、
わたしは疲れ果て、体調がどんどん悪くなったのです。

よくわたしたちは、すばらしく前向きで、快活で、親切な人の人生がうまくいって
いないのを見て、「ほらね、プラス思考なんかで、うまくいくわけないのよ」 と
思うことがあります。
でもそれは、わたしたちがその人の内部の独り言を知らないからです。

その人が毎日毎日 心の中で、自分にどういうことを言っているかを
知らないからなんです。 覚えておいていただきたいんですが、
わたしはポリアンナ風の 「プラス思考」 をお勧めしてるわけじゃないんです。

「プラス思考」 は疲れる場合があります。
そして、人によっては、ネガティブなものが湧き起こってくるのを
抑圧することになり、結局もっと消耗してしまうんです。

わたしが言っているのは、内部の独り言のことです。
日々心の中で、何を自分に言っているかということです。
わたしは、この独り言を批判や恐れに充ちたものにしないことが、
とても大事だと感じています。

「自分は安全で、無条件に愛され、受け入れられている」 と心の中で言っている時、
わたしたちはそのエネルギーを外へ放射し、外界をそれにふさわしいものに
変えて行くんです。

わたしはまた、今という一瞬の完璧さを知ることが、とても大事だと思っています。
「今」 というこの一瞬は、とてもパワフルなもの。
一瞬一瞬が可能性を秘めています。
この一瞬で、残りの人生をすっかり変えてしまうこともできるんです。

「一瞬一瞬が完璧」、「あらゆるものは完璧」、とわたしが言うと、
誤解されることがよくあります。
人々は、自分が望んでいない状況の中に完璧さを見ることを恐れています。
完璧さを見るということは、それを変えてはいけないことだと思ってるんですね。

わたしにとっては、完璧さを見るということは、その状況を固定させておくことでは
ありません。
それは、自分が今、旅のどの地点にいようとも、今いる所の完璧さを見ることです。
旅それ自体の中に完璧さを見ることです。
何かに成っていくこと自体の完璧さを見ることです。
何かに成っていく過程で起こる失敗の価値にも完璧さを見ることです。
旅のどの瞬間にも、その瞬間の完璧さを見ることです。
それが、完璧さを見るということなんです。


【臨体研】
それはすごくパワフルですね。
外面的な状況は、ポジティブなものに変えることができる。
それにはただ内的な独り言を、ポジティブで自分に優しいものに変えればいいだけ
なんですね。これで、「宇宙は自分自身の反映に過ぎない」 ということの意味が
はっきりわかりました。

そして、この世はどうしてこんなに暗いことだらけなのかということも説明が
つきますね。
それは、人々のネガティブな内的独り言の反映が、外側に投影されてるんですね。
あなたが感じているのはそういうことですか?


【アニータ】
ええ、全くそのとおりです。
自分自身に対するこのポジティブなエネルギーを感じていて、いちばん嬉しいのは
何だかわかりますか? わたしはもう、
人を元気づけるために何も言わなくていいんだっていう気がするんです。

自分自身に優しく語りかけていさえすれば、まわりの人たちは、
わたしのポジティブな気を感じてくれるみたいなんです。
何も言わなくても、人々がポジティブな気に惹きつけられて集まって来て、
そのエネルギーで元気になっていくのがわかるんです。

自分の心の中のポジティブな独り言がまわりの人たちの気持ちを高める。
その人たちに何も言わなくても、ただ自分自身のポジティブなことを考えてるだけで
いいんですよ!!!
だって、エネルギーはひとりでに放射して、あふれ出し、人々に届くんですから!!

だからね、世の中を良くするには、自分に愛情深く語りかけることが、
とてもとても大切なんです。 世の中には、その人が入ってきた途端に部屋の中が
明るくなるような感じのする人がいることに、気がついたことがありますか?
または、人混みの中に明るいエネルギーを出している人がいて、
思わず目が行ってしまった、という経験はありませんか? 

そういう人は、まちがいなくポジティブな強い自己イメージを持っていて、
何かとてもポジティブな内的独り言のプログラムを実行してるんですよ。

わたしたちは毎日、心の中で、自分にどういうことを言っているでしょうか? 
自分を責め、裁いてばかりいませんか? 
自分に厳しすぎ、自分の最大の敵になっていませんか?
それは大変なことですよね!! 
わたしたちは、自分をもっともっと愛して、その内的独り言を変えていかなければ…
という気がします。

そうすれば、人に何も言わず、何もしなくても
、外の世界全体が内側の世界を反映したものに変わります。
わたしは本当に、自分の現象界もまわりの人々も、
このことを反映するものになって来てるのがわかるんです。

臨死体験で末期癌が消えた⑤に続く


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